連載|月夜巫女24 [∀]
月夜巫女 24
TSUKUYOMIKO
デオドラ
TSUKUYOMIKO
デオドラ
風は季節を巡り奏でる。
髪にふれる、その風はもう幾たびの季節を巡ったのだろう。
ふと、そんなことを想う。
一歩、また一歩と懸命に足を踏みだしながら。
汗が頬をつたい、あごの先から地上へとしたたり落ちる。
そのしずくの痕跡を、靴はようしゃなく踏みしだいていった。
やがて、最後の一歩を踏みしめる。
とつぜん開けたパノラマを前に、風もひとしおに強い。
今、少女はその巡りの中に大きく呼気をおとした。
息は白く、季節は冬だった。
少女にとっては15回目の巡りの季節。
2015年の冬至のその日。
■■■■が誕生日を迎えた日の夕暮れ、彼女は大吉山の頂上にいた。
川沿いの道をそれ、さわらびの道の石畳のつづく先にあるその山からは、
彼女が生まれ育った町、宇治の風景が一望できる。
といっても、見慣れた風景に愛着はなかった。
それを多少、上から見下ろしたところで何の感銘もあるまい。
この山に登ったのはもっと別の理由から。
そう、思っていたのだが。
景色は少女の世界を染めた。
風が一瞬やみ。
しずくが頬を伝った。
それは地上に届く前に、無数の粒子になって消えていった。
◆
その二時間前、虹の声はこう告げた。
「この地に眠る因果を解き放て。
因果のはじまりは火。それは自らをもって大とするもの。
月明かりに導かれて、色褪せていく世界にともし火をもたらすもの」
虹というのは脳内妄想である。
すなわち、これは私の独り言ということになる。
痛々しいとは思わないでもらいたい。こうして白状しているだけ良心的なのだから。
我ながら意味不明である。
だが、意味のないものはこの世界にはひとつもない。
私は何故、この意味不明な言葉が自分のうちに湧き上がってきたのかを
ぼーっと考えていた。
ついでに言うと、虹の声はもう一年以上、
こうして意味不明な言葉を投げかけてくるのだから迷惑している。
目の前には宇治川の流れ。
ずっとずっと大昔にはとんでもない激流だったとかいうその川も、
今はもの思いにふけるための専用BGMとしてなかなか乙な風情を与えてくれる。
そして、空気を震わせる本当の声は背後から響いた。
「デオドラの魔法はごいりよう?」
鈴の鳴るような声。
あまりに美しいその音色に嫉妬はたちまちしおがれ、憧れにとって変わる。
音はダイレクトに人の心を揺り動かす。
具体的に言うと声優の早見沙織とまったく同じ声だ。
「…なにそれ? FF?」
「知ってるくせに」
頬にひたりと冷たいものが押しあてられた。
笑顔からこぼれた吐息が耳をくすぐる。
「ああ、それね。ハイ、知ってます。もうたりてます。
…さっきバフしたとこだから」
「そう、よかった。なら隣に座るね」
開幕、失礼なものいいで悪びれもしない彼女への怒りがふつふつとたぎる。
もっとも、彼女のストレートなものいいは気楽ではあるのだけれど。
「友人の誕生日を祝おうって気はないの」
「おめでとう。また一歩、死に近づいたね」
「はぁ…」
ためいき。こういうキャラクターなのだ。
「よいしょと」
そう言って、星見さんはベンチを後ろから強引にまたぎはじめた。
声もそっくりなら、名前もそっくりだった。
これもまた神の共時性というものだろうか。
そして、彼女は「座るね」、と宣言したのに、
したはずなのに、ベンチの上に立ち上がったまま止まってしまった。
「どうしたの?」
私は思わず気になって、鼻をくんくんした。
大丈夫、問題ない…はずだ多分。
「いい匂い」
え…。
一瞬、恥ずかしい感じがした。
でもそれは、当たり前のように私のことではなかった。
「川の匂い。風の匂い。世界の匂い」
水面に影を落とし、名前もしらない白い鳥が夕日へと飛び立った。
美しい声が、静かに語りはじめた――。
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画像はすべて『響け、ユーフォ二アム』(アニメ)より
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