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これが…石仮面の起源かッ?! [感想系]

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悪魔的な生贄の儀式を賛美したアステカの民は、血に飢えたスペインの海賊集団によってすべての文明と、歴史と、その起源への道を闇へと葬られた。
彼らの狂った文明がどこからきて、どのように形成されたのかはもはや知るすべがない。
ベルナルディノ・デ・サアグン神父のあらわした『新スペインのものごとに関する歴史』は、ほとんど現存する唯一の彼らの歴史に関する資料となっている。

(アステカは)全体主義国家で、個人を徹底的に軽視する哲学を持っていた……死は絶え間なく至るところにひそみ、国家という建物を支えていた。人々は囚人だった。その社会的地位のせいで、合法的に殺される運命にある者もいた……奴隷だ。捕虜となった戦士、生贄として神に捧げるのに好ましい「しるし」を持って生まれてきた子どもたちもいた……死刑も常に恐怖の対象だった。許可を得ずにひざ下まである衣服を着たもの、立ち入りが禁じられた宮殿内の部屋に入った役人、富を誇る商人、ステップを間違えたダンサーたちが死刑に処された……。

王や酋長でさえ、恐怖に取りつかれていた。彼らは死刑の現場に立ち会うことを義務化され、それから目をそむけることは罪とされた。罪を犯せば、自分が死刑されてしまうこととなる……。
雨の神には大量のこどもたちが生贄に供された。連れられていく子らも、子の運命を悲嘆する親たちもみな泣いていた。神官たちは涙を流し、絶叫しながら祈りをあげ続けた。

年代記作者ムニョス・カマルゴの記した生贄の風景――

……哀れな生贄の内臓から心臓を引きちぎると、心臓は激しく脈打って震え……3、4回、地面から跳ね上がった……。生贄の皮ははぎ取られ、神官たちがそれを身にまとった。その後、肉体は解体された。火の神ヒウテクトリへの生贄は、火によって焼かれた。炎の中に無造作に投げ込まれた生贄たちは、あまりの苦痛に身もだえし、嘔吐した。ころ合いになると、引っ掛けかぎで火の中からひっぱりだし……石の上に置くと、同じように心臓を取り出した。

生贄は、美しい若者を一年間大切に過ごさせたあとに、殺すケースもあった。
彼らはこれらの儀式を、「人間の運命の原型」であると考えていた。 

1956年、ローレット・セジョーネは、サアグンが収集した民族誌学的、宗教的に優れた資料を利用してアステカ族に関する驚くべき学説を発表した。彼女によれば、人間を生贄として捧げるアステカの宗派が生まれたのは、永遠の命を求める古代の純粋に霊的な奥義の伝授が、醜く誤解されたせいだという。アステカ族による生贄の皮を剥いだり、心臓を取り出したり、焼いたりする身の毛のよだつ行為は、もともとは奥義を授かる者が経験する、霊的プロセスの比喩だったという。

以下めん臭いので略……

赤字の部分はグラハム・ハンコックさんの本からまるまる引用です。 
本の名前は図書館に返却してしまったので不明。


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